梅原徹(Tetsu Umehara)
音楽家・美術家
都市・環境のリサーチやフィールドワークを通した音響作品の制作を行っている。映像やダンス作品の劇伴制作、海外レーベルからのアルバムリリースやミックスの提供など活動分野は多岐にわたる。横浜国立大学理工学部卒業。東京藝術大学大学院美術研究科修了。
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「都市生活の中にある庭」について再考したいと考えている。現代都市の「庭」の機能的な役割からエコロジカルな要素が排除され、景観整備やメンタルケアなど人間中心主義的な思想が強く反映されている傾向に疑問を感じている。
庭という場所は都市と人間の関係性が一番強く立ち現れる空間である。自身の庭を作り他者の庭を眺める(或いは介入する)という文化的な行為を見つめ直し、その魅力を最大化するような音を制作してみたいと考えている。
Systematic Gardenは小石川植物園の中でも多くの品種をマトリクス的に俯瞰することが可能な場所であり、それは言い換えれば個々の植物同士の生存競争が園内で最も激しいことを意味している。
私たちはそのマトリクスを維持するために日々管理を怠らず、そのシステムを使い知育などに使用している。私はこの人間の作り出したシステムと生物学的なコンプレックスの温度差に興味がある。例えば「テランヴァーグ」のような都市の中にある空き地のような空間は、植物が急速に成長し人間の管理の追いつかない大きさまで拡大することがある。
それはハザードマップの色の境界部分や、高速道路のICなど、都市のシステムの隙間に点在している。私たちは都市生活の中でそのような空き地を目にし、時には目を奪われ、魅了される。Systematic Gardenは生存競争によるエネルギーの衝突が強く管理された都市的な庭である。
私が試みるのはこの庭のシステムの中にテランヴァーグ的な余白を生み出すサウンドを制作することである。空間にあらかじめ決められた順路や序列に対して音を用いて新たなインタラクションをもたらしたい。それはアンビエントミュージックやBGM的な概念とは違う、いくつかのアイコニックなサウンドを用いることになる。例えば都市の中でふと聞こえる鳥の鳴き声や渋谷近辺を走るアドトラックのようなハプニングを伴うイメージに近く、身の回りにある環境の外側へ思考を誘わせる類のものである。
文京区は関口台、小日向台、小石川台、白山台、本郷台の計5つの台地から構成されており、小石川植物園は白山台地に位置している。
本作『a a” A A』は白山台地以外の4つの台地に現存する4つの公園(関口台公園、小日向公園、井上公園、千駄木公園)に着目し、その公園で行ったフィールドレコーディング音源と小石川植物園でサラウンド録音した音源を合成したものをベースに制作されている。
マスキングの技術を用い、植物園のアンビエンスにはない周波数のみを取り出した4つの音源が収録されている。
レコーディングはそれぞれの公園と分類標本園を向かい合うように録音されている。また分類標本園の中央のマンホールではサラウンド録音を行い、それぞれの公園の方角のステレオ音源をデコードしてとり出している。植物園本来の環境音が地形的外部の環境音によって周波数的に加算され、全体としてホワイトノイズに接近することになる。
地形もまた、名前や座標系を用いて分類がなされている。都市的なスケールになればなるほど、その全体像は複雑さを増していく。環境の構築と認識には分類が必要なのか、「環境音」というものそのもののイメージが、ホワイトノイズ的な集合から逆算して取り出されているような気がしている。
*テランヴァーグ / Terrain Vague
その場所で起こったさまざまな出来事を想起させながらも、もはや空虚で、何からも放棄され、定義が曖昧で不安定な状態の都市空間を指すフランス語。スペイン・カタルーニャ出身の建築家/歴史家/哲学者であるイグナシ・デ・ソラ=モラレス・ルビオーが造った言葉である。